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プログラムを、世界で最初に書いたとされるプログラマ。エイダ・ラブレス


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コンピュータは働き者ですが、キチンと指示を出さないと仕事をしてくれない怠け者でもあります。指示を出したとしても、もし指示が間違っていたらダメという、融通の利かない頑固者です。その、非常に面倒くさいコンピュータに出す“指示書”がプログラムであり、指示書を書くのがプログラマである、と言えるでしょう。

さて、その“指示書”すなわちプログラムを、世界で最初に書いたとされるプログラマがいます。その人物とはラブレス伯爵夫人オーガスタ・エイダ・キングです。この方は19世紀の人物(1815年生まれ)ですから、プログラマにとっては気が遠くなる程の大先輩です。

エイダさんが“世界最初のプログラマ”になった経緯について大雑把に言いますと、

  1. お母さんに数学の素養があったので子供の頃から数学に慣れ親しんでいた。
  2. 18歳くらいのときにチャールズ・バベッジというおじさん(この方も“コンピュータの父”と呼ばれることもあるすごいおじさんです)と出会い、このおじさんが作りたがっていた階差機関という機械式計算機に興味を持った。
  3. 階差機関の計画がポシャったバベッジおじさんは、次のアイディアとして解析機関という機械を考えて、それについて講演した記録をイタリアの数学者ルイジ・メナブレアさんが出版した。
  4. 出版された記録をエイダさんが英語に翻訳した。その際に本文と同じくらいの量の訳注を書いていて、その中にプログラミングコードが掲載されていた。

という感じになります。

エイダさんの功績については「エイダさん、実は数学苦手なんじゃね?」「プログラムもバベッジおじさんが書いたんじゃね?」「いやいやプログラムはエイダさん独特の書き方だぜ」などなど様々な議論があるようなので、必ずしも“世界最初のプログラマ”ではないのかもしれません。ですが、今から200年程前にプログラムを記述した人物ではあるようですので、“最初期のプログラマ”なのは間違いないでしょう。

そして、解析機関の可能性について、高度ではありますが計算機としてみなしていたバベッジおじさんとは異なり、さらなる可能性にも気付いていたようです。Google Japan Blogにて『1843年のコンピューター先見者エイダ ラブレスを讃えて』にて、以下のように述べられています。

「例えば、楽曲と音階の科学的な関係が、こうした表現と適応の影響を受けているとするならば、この機関は精巧に、そして科学的に、複雑さや広がりを持った音楽を奏でるかもしれない。」これは、数学から演算への驚くべき発想の飛躍であると言えます。エイダは、いつの日か一台のコンピューターが、無数のタスクをこなし、その限界はプログラマーの想像力次第でいくらでも広げていくことができる日が来ることを心に描いていたのです。世界初のコンピューターが誕生するよりもはるか1世紀も前に。

ラブレス伯爵夫人オーガスタ・エイダ・キングは、今を生きる全てのソフトウェアエンジニアの大先輩なのです。

尚、エイダさんが登場するフィクション作品で『クローン・オブ・エイダ』という作品があるという映画があるそうです。ご興味のある方はどうぞ。

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